虽然最近才看了舞一夜,但是听这首歌已经是去年的事情了。
话说对这种东方式的古风曲子实在是完全的没有抵抗力啊。最开始的试听版下载到手之后就一直在听,直到后来完整版出来,仍然是爱不释手。
最开始的时候是笛子,看过动画之后就会很自然的联想到最后的时候,多季史在舞殿上翩翩起舞,一旁的永泉为他吹笛伴奏。整体来讲,也相当的契合平安时代的感觉。那种仅仅存在于那个时代的雅乐,不可或缺的风雅的感觉。
然后是一声三味线,友雅大人与永泉殿开始演唱。话说从角色上来看,的确是相当奇怪的组合,但是声音上来讲却是意外的和谐。友雅大人的声音是相当醇厚优雅的类型,听上去非常的成熟,而永泉殿的声音虽然不缺少优雅的因素,却显得更加的清澈。分开的部分,每个音节听上去都相当的干净,充满弹性,从而没有拖泥带水的感觉。和起来的部分,两个人的音色相互衬托,有种出乎意料的和谐感。总之给人以细雨轻风的感觉,相当的舒适。
当然,最喜欢的还是多季史的念白部分。
那种仿佛和歌般古典优雅的句子,就用那么清清冷冷的声调念了出来。行云流水一般,压抑而优雅,总会让人联想到,他和小茜在弥漫了整个平安京的细雨中的相遇。在某种无机质的冰冷中,蕴涵着最深刻的情感,和最刻骨的温柔。
尤其是在听到“そう 道に迷った幼子のように”,这句的时候,总是回让人觉得莫名的伤感。“そなたの隣に居る ココロの琴線をカナベル音は そなたのように優しい”然后想起在小屋前,多季史对小茜说你就在我身旁的时候,那种带有哀愁的幸福和坚定。“そなたの声は私の名前を呼んだとき、すべての苦しみは 深く封印されるのだ”最后在舞殿上,小茜终于叫出了他的名字,可惜的是,对于作为神子与怨灵而面对面的两人,一切都将要结束了。
听着这样的念白,总是让人有幸福与哀愁共存的感觉,就像是多季史与小茜之间彼此思念的心情。
三个人的声音就这样穿插着,让人沉溺于其中。
附歌词及试听地址:
歌词↓
玉響のしずく
——《遥远时空中·舞一夜》OP
演唱:橘友雅 (井上和彦)、永泉(保志总一郎)
独白:多季史 (樱井孝宏)
[二人]
さらさら金色に さらさら銀色に
織り成す あやもうよ 幾千の雨
さらさら導かれ さらさら誘われ
織り成す 来いもうよ 玉響のしずくよ
[櫻井]
降りしきる雨の水をくぐるように そなたに出会ったのだ
それを人は運命と呼ぶのだろうか
同じ瞳をしている 行き先を見失った瞳だ
そう 道に迷った幼子のように...
[保志]
遥かなる-
[和彦]
時を越えて会う 二つの鼓舞ねよ
[保志]
遥かなる-
[和彦]
時をさすらう 迷い子
[二人]
さらさらその胸に さらさらこの胸に
[櫻井]
雨が文を書くように 何かを伝える
[二人]
あなたに会いたくて あなたを知りたくて
彩る 来いもうよ 玉響の涙よ
[櫻井]
楽の調よりに美しいのは 雨の目色かも知れない
時に激しくて、時に悲しくて 目を見つめるようだ
そなたの隣に居る ココロの琴線をカナベル音は
そなたのように優しい
[保志]
遥かなる-
[和彦]
風の増えにまう 二つのこのたよ
[保志]
遥かなる-
[和彦]
風をさまよ まよいよ
[二人]
さらさらその胸に さらさらこの胸に
色づく夢もうよ 幾千のよる
[櫻井]
そなたの声は私の名前を呼んだとき、すべての苦しみは 深く封印されるのだ
[和彦]
架空のたわぶれに 波紋の葉かなせに
貴方を重ねて 哀愁を知る
[保志]
かしんの微笑みに すいんどきらめきに
貴方を重ねて そうこうふくしい
[櫻井]
そなたに抱きしめられ 私は光となる
[二人]
織り成すあやもうよ 幾千の時
さらさら導かれ さらさら誘われ
織り成す来いもうよ 玉響のしずくよ






